きらやかなお正月

新年あけましておめでとうございます

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<元日の朝熊山からの初日の出>


皆様におかれましては、良いお正月をお過ごしの事と存じます。
旧年中は、いつ更新するのか?しないのか?全く予測不能な当ブログにも関わらず、いつもお優しいお気持ちをかけ続けて下さり、本当に心から感謝致しておりました。

今年も相変わらずのバタバタの日常ではありますが、バタバタ出来る気力と体力、そうしたいと心から想える支えたい何かがある事に感謝しながら日々大切にしていく所存です。
こんな私ではありますが、今年もどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m


さて、上記の写真、元日の初日の出でありますが、数枚撮影した中に、初日の出より尾花にピントが合ってしまってるこの写真がありました。
迷カメラマンと、自己主張の強いカメラのする事ですから、撮れたものを見て出来の良し悪しを判断するしかないのですが~(>_<;)

例えば、私が設定を触ろうとすると、高速のスロットマシンのように勝手に動き、その設定を変える事も不可能なんです。
フラッシュのオフやオンやオートの切り替えでさえ、高速でパタパタ動き、それを目打ち状態なくらいなんですよ~、目打ちしても思い通りにならず、1/3の確率を当てるまでやるしかないというトンでも具合のカメラです 。°°・(;>_<;)・°°。

でも、その綿毛の部分の一つ一つが、きらやかな羽のとんぼのようにも見えて、飛び立つ時を風を待っているその瞬間のようにも思えました。(拡大して見てみて下さい、無数のとんぼ達がスタンバイに見えますよ~)

尾花って秋の季語にも使われますが、早い話がススキでございます。
1月になってもすくっと立つこの姿は、植物としての最終形態の姿なのでしょうが、その種子である綿毛の一つ一つは元日の朝日を浴びてそれは美しく、空に舞う時を今か今かと待っている、連綿と続く命の輝きそのものにも感じた次第で、この写真を今年の一番に使わせてもらいました。

ススキと言えばかやぶき屋根の萱(かや)です。
神宮の御正殿のかやぶき屋根でお馴染みですよね~!
伊勢神宮は度会町に神宮御萱場と言う清浄に保たれた専用の御山を所有し、その萱を大切に育て収穫しています。
一度の遷宮で使われる萱は御萱場のざっと五年分にも相当する量が必要と聞きます。
(入山禁止の御山ですからね(^_-)-☆)

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(外宮御正宮)


ところで、日本神話に登場する萱(かや)の名前を持たれる神様がいらっしゃるのご存じでしょうか?
その名もズバリの『カヤノヒメ』と言う、草の神様なのであります~(^-^)

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wikiより。。。神話での記述
『古事記』では鹿屋野比売神、『日本書紀』では草祖草野姫(くさのおやかやのひめ。草祖は草の祖神の意味)と表記し、『古事記』では別名が野椎神(のづちのかみ)であると記している。
神産みにおいて伊弉諾尊 (いざなぎ)・伊弉冉尊(いざなみ)の間に生まれた。 『古事記』においては、山の神である大山祇神との間に、4対8柱の神を生んだ。神名の「カヤ」は萱のことである。
萱は屋根を葺くのに使われるなど、人間にとって身近な草であり、家の屋根の葺く草の霊として草の神の名前となった。
別名の「ノヅチ(野槌)」は「野の精霊(野つ霊)」の意味である。
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ウチの山に自生していたススキは、今の季節もすくっと立ち続け、朝日が昇る朝熊山を優し気に見つめ続けているようにも思いました。
大いなる山の神様である大山祇神(オオヤマツミ)と、奥さんである草の祖神のカヤノヒメは命を産み出し、数百、数千、万倍にも育む源でもある訳ですよね~!まさに命の最強カップルとも言えそうな御夫婦神であられます

で、その御夫婦の子供として有名な神様が木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ・イワナガヒメ)であり、天孫ニニギノミコトと結婚をされ、その子孫が神武天皇へと続く訳です。


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ところで、、、
話は大晦日の事に変わりますが、今年も大晦日神宮参拝をさせていただく事が叶いまして、友人と内宮で行われる大祓の様子も拝見出来ました。

慌ただしい年末を何とか乗り切り、厳かな気持ちで新年を迎えられるよう、その神事を見させていただく事で心身も清まるように思えます。


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いつも斎館で御仕度を整えられた神職さんが、始まりを告げる太鼓の後に、一列になり続々と登場されます。
例年、一番先頭は大宮司様で、その後上位の方々が続くのだと思いますが、ちょっと光の加減でその御姿や御顔まで確認出来ておりませんが、、、


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光り輝く大宮司様、一足先に飛んでおられませんか…(〇o〇;)!?





大宮司様はとてもお身体の大きな御方で、足元の浅沓(あさぐつ)がつややかな黒で、一瞬の光のマジックがそう見せただけなのでしょうが、、、

伊勢神宮の神鶏(しんけい)さんは、森の野生動物達に狙われるから、木の上まで飛んで枝先でくつろいでるっていう話を普通に信じている伊勢市民なので、まして酉年なだけに大宮司様までもと一瞬汗ってしまいました。Σ(・ω・ノ)ノ!


今年も良い年にしていきましょうね~(^_-)-☆

古の宮を支え続けた人々へ…

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たそがれる山雀さん


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『なにか?』 とクールな眼差し


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ん~ん保護色。。。( ̄^ ̄)


いきなりタイトルとは無関係な山雀(やまがら)さん三連発で初めてしまいました。
だって、とっても可愛かったものですから~(〃∇〃)ゞ

今日は、ちょっと素晴らしい動画を見つけたもので、その紹介も兼ねて記事にしたいと思います。

すでに皆様には充分にご理解いただいている伊雑宮と佐美長神社があります。
そのちょうど中間に磯部神社と言う、磯部地区の氏神様があるのですが、こちらは神宮125社ではない為それ程知られていないと思います。

ですが、決まって伊雑宮の遷宮後にその古材の払い下げを賜り、磯部神社の遷宮を迎えるなど、磯部の皆様にとっては決して切り離せない密接な繋がりのある大切な神社であります。

昔々から伊雑宮の摂末社のような位置付けがあると言われています。

それだけではなく、磯部神社には古の伊雑宮にあったであろう回廊が復元され、その面影を今に伝えているとしたらどうでしょうか…。
これは、断定ではなく、想像の範囲ですが、、、

でも私、聞いた事があるんです。
磯部神社に磯部の方々と御参りに伺った時、遷宮間もない時でして、普段はなかなか見られないその御姿がはっきり見渡せ、回廊を持った御宮の凛々しさに圧倒されている時、

『回廊まで復元されているんだな…』 っと考え深くお話されていた事。

もうその一言で全て理解してしまい、聞き直す事さえしなかったのですが、伊雑宮の御正殿にも昔々回廊があったというそんなお話だったのです。

そもそも、回廊って何?と言われてしまうかも知れませんので、その説明をさせていただきます。
私も、回廊という名称で正しいのかも解りませんが、神宮の外宮さんと内宮さんの瑞垣内の御正殿には、五色の宝珠(=据玉すえだま)輝く回廊が存在します。

私達伊勢の者は、御白石持ちで神様が御移りいただく前のピカピカの御正宮に御白石をお届けに入らせていただきます。
それで、その美しさ凛々しさを目に焼き付けていますから、その事を重々承知している訳です。
これPDFファイルですが、読めますか?
広報誌 伊勢のお白石持 より
(御遷宮対策事務局 平成22年8月15日発行より)

このお写真でお解りいただける御正殿を取り囲む室外の廊下が回廊です。

外宮さんの御正殿の御姿がわかるネットニュースも見つけました。
伊勢神宮外宮のご正殿も公開-20年に一度の式年遷宮で新たに
(伊勢志摩経済新聞 2013年08月17日発行記事より)

今は外宮にあるせんぐう館に、外宮正殿東側の4分の1部分を原寸大で再現された展示もあり、その凛々しさ五色の宝珠の輝きもご覧いただけると思います。

せんぐう館HPの動画でもそれらをご覧いただけます。
式年遷宮記念 せんぐう館


そこでそこで、磯部神社ですが、今御参りに伺っても残念ながらその御姿は薄っすらとしか見れません。
大切に玉垣が張り巡らされているので、一目見てもわかり辛いのですが、その前面の玉垣だけに少し隙間があり、遠目に見てもその後ろに何かが存在するかも…というのがわかる程度です。

ですが、その姿をチラッと見せていただける素晴らしい動画を見つけましたので紹介させていただきます。


磯部神社

特に、1:40からの奥の御正殿のお姿に注目されてご覧ください。

ねー!回廊のある御宮ですよね~。
ですが、こちらには外宮内宮のような宝珠は見当たりません。
当然と言えば当然なのかも知れませんけど。。。

それでは、古の昔の伊雑宮はどうだったのか…?
その答えも私なんかがわかるはずもありませんが、が、しかしです!

そんな事を想いながらネットをみていた時、偶然にも伊雑宮の御田植神事の大団扇(ゴンバウチワ)にヒントがあるでしょ!
みたいな記述を見付け、思わず振り返りました。

私の家にはその忌竹で作られた大団扇のお飾りがありますので…、それも私の席の真後ろに~(=^v^=)


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あああっ!あったー\(◎o◎)/!
ほらっ 『太一』 の旗印の一番上!一番高いところに赤い宝珠がしっかり飾られています!

それに、五色の色全て揃った舟の帆です!この米俵をたくさん積んだ御舟の名前が神道丸ともあります(〇o〇;)

この五色、私は陰陽五行なのか、五大陸なのか、五色に分かれた人類の事なのかは判りませんが、それでも赤い宝珠=太陽に見守られながら仲良く並び、受けくる風さえ力に変えて進む姿こそ、宝(米俵)を運ぶ神道の姿なり。。。

なんて想像し、きっと人間の事だー!と、この絵を描いた当時の先人の想いにとてもとても感動しました。

昔むかしの伊雑宮は今よりもっともっと大きくて、その界隈もとても賑やかだったとの資料があります、そして今の外宮内宮のように、神馬の白い御馬が居た事もその地に伝わる唄にそっと残されています。


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(内宮さんの優しい眼差しの神馬さん)

そんな形で伝承する事を思い付いた知恵ある人々ですもの、大団扇にもその記録を残してみえても不思議ではありませんよね!

あくまで、想像の域でのお話ではありますが…

先人の方々はどんな糾弾にあっても、必死に懸命に伝えたかったのだろうなぁ~と、そのお気持ち、心底解るように思います。
その格式の高さも、偉大さも、それを取り巻く賑わいも…

もし可能なら、その護り続けて下さった先人様に、感謝と共にどうか安心なさって下さいと伝えたいですね!
伊雑宮の素晴らしさは現代を生きる私達にしっかり甦り伝わっている事。

確かに御宮の規模も賑わいも昔とは比べ物にならないのかも知れないけれど、でもだからこそ、この御宮を目指す人々は純粋な心を持って神様に祈りを奉げる人達なんだと思います。

だって、御宮の他に何もない場所ですからね~(^_-)-☆
この地に在り続けて下さったそれだけで、本当にうれしくてありがたくて、何はなくてもとにかく大好きな人達なんだと思います。

そして言うまでもなく、神職さんによる日々のお祭りも大事に大事になされ続けている事。

今の時代は、外宮さんも内宮さんもそして伊雑宮も、三つの御宮みんな揃って、それはそれは清らかな風が流れている事。

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【伊勢神宮】式年遷宮 ‐永遠の祈り‐ ISE-JINGU





母よ、あなたは強かった。その2

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いち:父さんと母さんの生きてきた歴史を聞いていると、なんだか自分の小ささを思い知らされるね( ̄▽ ̄;)

母:そんな事ないよ!いちこは元気に産まれてくれただけで、赤ちゃんの時から家族みんなを癒してくれた♪

いち:ああっ、その話ね~(^▽^;) 

祖母が無くなってからわずか数年、そのちょっとしたしぐさもなぜか亡き祖母に瓜二つの私が誕生する事になりました。

母は若い時の貧しい生活から、体の栄養状態が万全ではなく、遅がけに出来た私の事を母体も子供の安全も保証できないので堕胎するようお医者様からキツク言われていたそうです。
そもそもがバリバリの看護師ですからその怖さも十分に理解していた事でしょう~

父ももちろん気が気で無かったはずですが、こうと決めたら一歩も引かない母の事を一番よく理解しているだけに、見守るしか出来なかったと言います。


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母:この子は大丈夫、とても強い子。そして私も決して負けない。。。

そんな確固たる何かを強く信じていたようです。

そうして、それから無事にこの世に誕生させてもらった私、それはそれは小さく、未熟児ギリギリのラインの弱弱しさながら、何とか無事で、もちろん母も元気だった訳です。

ところが、その産まれて間もなく、またしても母はやらかしてくれていました(-_-;)

母:母さんな~、いちこが産まれてほぼ一週間で病院勤めに戻ったの♪

いち:えええーーー?どういう事?お金の為???

母:それも全く無かった訳じゃないけど、その頃は父さんの稼ぎが十分あったんだけどねっ、、、でも病院のみんなが大人しく座っているだけでいいからって!赤ちゃんのお世話もするでって、しょっちゅう言われてしまってね"r(^_^;)

いち:あなたっ!それ無茶苦茶じゃない!ベビーベット代わりの病室ベットはそりゃ沢山あっただろうけどさっ、産前産後、育児休暇はその当時無かったのか???今じゃ産後1年や1年半なんて普通になっている話だよ!

母:どうやったんやろな~?でもみんなこぞって何かあったら処置も看病も出来る体制だから心配するなって…(笑)それに心配な患者さんも沢山居たし、そもそもそれだけその当時の病院は大忙しで大変だったのよー

いち:おいおいっ!そこは生後7日の生まれたての私を心配しようよー( ▽|||)


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母:大人しく座って指示だけで良いと言われても、出勤したらしたでそういう訳にもいかず、結局ご近所の個人のお宅に預ける事になったんだけどねー。

いち:母さんチャキチャキの看護婦だったらしいね!つい最近もそんな話が偶然耳に入ってきたよ~(^▽^;)
今現在もその病院の歴代の看護師長さんはなかなかの厳しい厳格な婦長さん揃いらしい…、そんな方々が頭が上がらないのが、母さんだったってオチ付きの話で、母さんどんだけ~???と青ざめたよー(¬ε¬;)

母:母さんはとても優しかったんよ~♪ でね、預けていた個人のお宅が、個人なだけにかなり高額でキビシかったんだけど、そこにいちこを溺愛してくれた志摩のお義母さん(父方祖母)が助けに来てくれたのよ~

いち:ああっそれ知ってる!『可愛い子は元気かのぉ~♪』ってお決まりのフレーズで、始発のバスに乗り、志摩から山の上のこの家に子守りの為によく通って来てくれた志摩のおばあちゃんの話でしょ!

母:そうそう~♪ 志摩のばあちゃんは手広く農業をされてたから、それは忙しい身だっただろうに、いちこ会いたさに暇を見付けては飛んで来てくれてたの、ありがたかったよ!

いち:志摩のおばあちゃんは私に夢中~!?

母:(笑)その時、志摩にもすでに何人も孫が生まれていたけど、みんな男の子だったのねー、そこに突然現れたのが、いちこだったから、本家でも姫や姫やと大騒ぎ~♪初めての女児の孫だった事もあり、志摩のおばあちゃんも本家の皆さんもそれは大事にしてくれたのよ!

いち:姫っすか~私。。。(〃∇〃)ゞ 

母:志摩のおばあちゃんはとても面白くて、母さんに抱かれていちこがご機嫌さんでいると決まって不機嫌になる。で、わしが抱っこする~と奪って離さなくなるくらいの可愛がりよう♪

いち:おおっ!嫁姑バトル勃発ですなっ!しかも原因は私だったなんてそれどうなの…( ̄^ ̄)チ-ン
そうそう、そう言えば少し前、●子おばちゃん(父の下の弟嫁さん)からもその当時の話を聞いたのよ~!

母:え?なんて?

いち:おばさんは私の事をとても思い入れ深く、今もとっても可愛い姪っ子なんよって言ってくれた♪


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おば:いちこが生まれた時、お目目くりくりのとっても可愛い赤ちゃんで、まるで動くキューピー人形さんやと親戚一同がみんな顔を見たがってたくらいの子やったんよ!お姉さん(私の母)はそんないちこにそれはいつも可愛いお洋服を着せ、お兄さん(私の父)と共にとても大事に育てていた。
その時、私はすでに結婚していたけど、まだ子供はもう少し先で良いと思ってはいたものの、いちこの可愛さにもうすぐにでも子供が欲しくなったし、結婚がまだだった弟さんの背中を知らぬまに押してた事もあった。
実際、いちこ誕生のあと親族の子供が増えてるのも事実でしょ(笑)

いち:もちろん、●子おばちゃんがお上手言って下さってるだけなのはわかっているけど、母さんもしかして、その可愛いお洋服ってのはお手製でしょうか~?

母:もっちろんです!昔取った杵柄ってヤツよね、それに私、センス抜群( ̄▽ ̄)v!!

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私の母は昔からゴーイングマイウエイ的な妙な明るさ強さがある事を幼い時より感じていました。
でもこうやって初めてその苦労していたであろう子供時代からの話を聞いて、その妙な強さが、今日まで生きてきた経験と軌跡に基づいたものだと、とても芯から理解できたように思います。

苦労を苦労とも思わずに、その中で自分に出来る事を明るく楽しみながら重ねていった日々、到底現代を生きる私には逆立ちしてもマネできそうにありませんが、少なくともその明るい母と心根の優しい父の遺伝子をしっかり受け継ぐ娘として、又、今は亡き多くの親族が愛してくれた子供であった事実と共に、改めて誇りを持ち続けたいと温かな気持ちになりました。

母よ、あなたは強かった。その1

こんばんは、いちこです~。

私の母(ばば)は現在要介護5で、介護施設にお世話になっています。
お食事やイベントの時は車椅子に座れますが、長時間の座位は身体が痛くなり、ほぼベットの上での生活です。

そんな母の元に、2週間に一度のペースで、何か美味しいものを持ち込みおしゃべりに花を咲かせています。
最近はもっぱら母の幼少時代、どうやってこれまでを生きてきたのか、そんな昔話を必死に聞き出している状態です。

たまに軽くボケが入るものの、そんな今だから、よく覚えている幼い頃の記憶、それを思い出し自分の言葉で話す事は、とても良い脳の活性化に繋がるはずだし、何より私としても今しか教えてもらえない貴重なルーツ話にもなります。

本当はこういう昔話は、人の顔を一回見れば大体記憶できてしまう、うらやましい程の記憶力を持っていた父にこそ、元気なうちにしっかり聞くべきだったのですが、、、(;-_-)w 父亡きあとかなり後悔したもんです。

だからこそ、母には今のうちに…っと、、、
そこで初めて明かされる様々な昔話に私も興味深々で、でもってこれらの話をしっかり覚えておきたくて、ちょっと記事にしてみます。


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母は、三人兄弟の一番末っ子として誕生しますが、その一年半後くらいに一家の大黒柱であるお父さん(いちこの祖父)を病気で亡くし、真ん中のお兄さんも病気で亡くしています。
年の離れた長男はあっと言う間に一人独立を果たし、母は祖母と二人、貧乏長屋で肩を寄せ合うように、懸命に生きてきたようです。

いち:ねえねえ、大黒柱であるお父さんがいなくて、おばあちゃんはどうやって生計を立てていたんだろうか~?(・_・?)

母:ばあちゃんが他に収入元があったのかはよくわからんけど、、、とにかく母さんが洋服やら小物やら色々作ってなっ、それをばあちゃんが売りに行ってたんさ~( ̄▽ ̄)ゞ

いち:えっ!?それって、母さんがいくつくらいの時?

母:小学校4年生くらいにはいっぱい作ってたよ♪

いち:はい~?(°O°) 小学校4年生って10才そこそこの子供じゃんか!ええっ?学校は?

母:もちろん行ってたさ!そんなんスカートなんて数時間で縫えるやんかー、一晩あったら何でも作れるって~(笑)

いち:で、でも、子供の作った物なんて売れるの?

母:それがさー、ものスゴイ人気でさっ♪皆さん可愛い可愛い~って大盛況♪ 母さんめちゃめちゃセンス良かったのよー( ̄▽ ̄)v

いち:ええっそんなのあり!?でもでも、それをおばあちゃんどこへ売りに行ったんやろか?

母:主に近隣のお百姓さんとこやなっ!お百姓さんは忙しくて子供の洋服なんて作れないし、なかなか田舎では売ってないから、皆さんこぞって喜んでくれたみたいやよ!だけどお百姓さんもお金がない時があるやろ!そんな時はお野菜や乾物の食料品と物々交換さ~♪
だから干し芋が家にはいつもあったな~( ̄▽ ̄)♪それが美味しくて~♪


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いち:えええっq(°O°)p!?どうやって?それいつ頃までやってたの?
(子供が子供服作ってそれで生計を立ててたなんて正直意味不明でした)

母:ずっとさー♪母さんなっ、本屋さんでチラチラっと立ち読みさせてもらってステキなお洋服があると自然と作り方がわかるんよ~♪
だから全くの独学、自己流やけど大体は作れてしまうので、いっつも、わー可愛い~♪って大人気だったのよね( ̄▽ ̄)ゞ

いち:母さんすごー!天才じゃん!q(°O°)p

母:そうなんさ~母さん天才~!( ̄▽ ̄)ゞ (決して否定しない母です)

いち:でもでもでも、母さんは看護師じゃん!どうやって入学費用くめんできたんやろ?で、学校は?試験勉強は?

母:なあ~・・・!?入学費用はあったんやろな~、もう覚えてないけど。。。

いち:その時、おばあちゃんとの生活は誰が支えてたの?

母:もちろん私!それはなっ♪学校行きながら病院勤めするやろっ!で、残業しまくる訳さ~♪お給料いただけるやん(〃∇〃)ゞ♪

いち:でもでもでもでも、母さん正看護師の資格持ってるじゃん!勉強も半端ないやろ?
(母は私が物心付いた時にはすでにバリバリの看護婦さんで、婦長も長年勤め上げた人なんです)

母:だから夜中は毎日毎日勉強したよ!母さんこれでも頭サエサエやったんさ~♪


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いち:サエサエ!?勉強がスコスコ頭に入ってったって事?母さんすっごいなー!で、一発合格?

母:もっちろ~ん♪(費用の面でも)一発しかいかんやん♪

いち:すげーー!窮鼠ネコを嚙んじゃった~(^▽^*)ゞ!?コケの一念岩をも通す~(^▽^*)ゞあれっ?

母:母さん難しい事わからんわ~( ̄▽ ̄)

いち:私もわからんけど。。。(笑) 
だけど、なんか母さんの話聞いてると、なんでも出来る気になっちゃうな~!勇気出るよ!

母:人間その気になったら何でも出来るもんさ~!それに、いちこなら何でも出来るヨ♪母さんの子やも~ん♪

いち:うん!その根拠の全くない全幅の信頼をありがと、( ̄^ ̄)ゞ
でもさ、ちょっとはゆっくりしたくなかった?ずっと大変な生活やったんじゃない?

母:でも思い返すと楽しかったんよねー♪母さんにはその大変さが自分にちょうど良かった。

いち:ハハハっ頼もしいな~(´▽`) で、じじ(父さん)に出逢って結婚したんだ!じじはウチの救世主だもんね(^_-)-☆


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正看護師になりバリバリ仕事をしていた母は、お見合いで父に出逢い結婚!今まで一人で支えていた家と祖母の事を父との二人、両輪で支え、新たな家庭を築く事となります。

母:そうそう、よく全てを引き受けてくれたもんやよな~♪普通出来ない事やから…

母は祖母の面倒をみていた事、母の兄である叔父はその時なぜか音信不通状態で、母方の姓を継承する者が居なかったのです。
そこで父は、

父:私は10人兄弟、そのほとんどが男兄弟です。すでに結婚している上の兄達は実家性を継いでますし、弟達もそうなっていくでしょう。
だから私一人くらいあなたの姓を名乗ってもなにも問題ありません。また仕事がら家を空ける事も多い私に、お義母さんが居てくれる事は何より安心であります。

そう言って祖母の面倒も、母方の姓を名乗る事も全て承知してくれたようです。すなわち婿養子パターンです。
だけど、現代での婿養子とは、普通奥さん側に地位や財産があり、それを継承するべくなんて形が一般的ですよね~

それに比べ、地位もお金も家さえも借家であってのないない尽くし、おまけに祖母まで付いていた訳ですが、それでもそれで良いと言ってくれた、父の優しさ、器の大きさに母も祖母もどれほど感謝した事でしょうか~

その上、結婚後あっと言う間に念願のマイホームを建て、祖母も母も大喜びだったそうです。そして母方ご先祖の立派なお墓を建立し、大事にご供養もしてくれてたらしいです。
母なんて親族の命日もすっかり忘れがちの人ですが、反対に父がしっかり覚えていて、いつもびっくりするわ~なんてよく話していました。さすがに父の記憶力は半端無かった訳です。

そののち、そんな我が家を愛し、母をここまで育て上げた祖母も他界しますが、それも自宅で安心して眠るように生涯を終えられたそうです。


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初穂舟 神嘗奉祝祭

奇跡の連続更新に、この後深夜に大雨降るらしい。。。( ̄ー ̄)ナンテコッタ

とは言え、今日も一日、暖かな日差しが降り注ぐ良いお日和で良かったです。
神嘗奉祝祭のラストを飾るは、いよいよ内宮さんへの川曳です。

初穂を乗せた舟を初穂舟と言いまして、川曳を奉仕する内宮領の地域が所有する舟になります。
五十鈴川に浮かべ、その担当地域の皆さん合同でのご奉仕です。

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秋口からほとんど晴天を見ないぐずついたお天気だったにも関わらす、五十鈴川は増水している事もなく、かと言って水量が少なすぎる事もなく、、、
また、お天気も天気予報では一日中曇りの予報で、水温の下がった五十鈴川では寒さがこたえるだろうとの想定も、青空とたっぷりの日差しに恵まれました。


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いよいよ出発の時、舟底に注意を払い舟を進めます。

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向かう川上は静寂の別世界のようにも見えます。

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ひとたび五十鈴川に入ると、その寒さも忘れ、老いも若きも童心に帰るかのようです。
川曳用木製の采(ザイ)も解りますか?

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木総采配(きふささいはい)と言って、総の数を一年の365本に決めているところもあるそうです。
こちらの皆さんのはどうなのでしょうか~?

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また、初穂舟に掲げられたそれぞれの町名を刻むのぼり、その中の『大』の旗印をご覧ください。

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これは唯一『大』の字を使う事を許された楠部町と言う町の御印です。

昔むかし、内宮が火災に見舞われた時、いち早く駆け付け消火に当たったこの町の人々に対し、神宮側が“太一”の“太”の字の使用を許したのですが、神宮さんと同じでは余りに畏れ多いと、『大』の御印をたまわった経緯から、町民の誇りと今もとても大事にされ、ハッピやのぼり、小物に至るまで全てにこの印がつけられています。
又、皆さまよくご存じの宇治橋、この橋の欄干にはいかなる旗も立てる事は許されませんが、唯一この町の奉曳の時にだけ『大』の旗印をひらめかせる事が許されております。

その由緒もあり、この楠部町にある伊勢の御神田(神宮神田)を町民一丸となり大切に守っておられるのです。

もちろん他の地域もみんな、その土地への感謝と伝統、神様との結び付きを誇りとして神事にのぞんでいるのはどこも同じですね~。


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別世界への雲の中を進む人々のようにも見えませんか~!?

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プロフィール

いちこ

Author:いちこ

伊勢神宮の神様の森は甲子園球場の1300倍!だから伊勢の空気や水はとても清らかなのです

コメントもお待ちしております^^

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