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志摩のおばあちゃんとブラック兄

春のお彼岸と言う事もあり、私も昔む~かしの記憶を思い出したので、記事にしてみたいと思います。


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私が生まれ物心付いた頃、祖父母と呼べる人は父方のおばあさんお一人でした。
母方のおじいさんは早くに亡くなり、おばあさんは私が生まれる少し前にすでに亡くなっていました。

父方のおじいさんもすでに亡くなっており、残ったおばあさんも私が小学校に上がる前には亡くなったと記憶しています。
だから学校の友達が話す、おじいさんおばあさんとの楽しい話が私には無く、お年玉も当然みんなよりかなり低かったです~(笑)

ですがつい最近、介護施設に居る母から重要な新事実を聞かされました。

その父方のおばあさん、通称『志摩のばあちゃん』は私が産まれてから足しげく我が家に通ってくれていたんだそうです(∩_∩)

いち:ええーー!!それ本当?初耳だよ~(°O°)

母:知らんかったん? そうそう、いっつも「可愛い子は元気かのぉ~♪」ってご機嫌さんで来てくれてたんヨ!

いち:ちょっと待って!志摩のおばあちゃんはどうやって来てくれてたの?車乗れないでしょ!?それにこの山だよ!!

母:朝早くからバスに乗って来てくれるんさー! 山?志摩のばあちゃんは大百姓さんやったで、足腰強い強い!この山なんて何てことないお達者さんやったわさー!

母:でもな、志摩のばあちゃん面白かったんヨ!いちこが母さんにだっこされて上機嫌でいるのが面白くなくて、ワシがだっこするって離さないんよ~(〃∇〃)ゞ
必ず一泊だけされ翌日には志摩に戻らないと畑や田んぼも忙しかったやろうにねー!


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私の母は若い時から看護婦さんでありまして、昔からバリバリ働いておりました。
私が産まれてからもすぐ職場復帰をした為、私はご近所さんに預かってもらっていたそうです。
それが個人でみてくれる為に結構高額で、その助けになればと祖母は農業のかたわら志摩から伊勢に通ってくれてた事があるそうなんです。

可愛い子は元気かのぉ~♪がいつもの口癖だったと母は話していました。

一方私はその事を全く覚えておりません。。。
産まれて間もない赤ちゃんだっただけに無理もないのかも知れませんが、赤ちゃんながらに月夜見宮の側の交番のベンチでオムツを替えられた記憶を鮮明に持つ私、なんでその時の記憶がないんだと非常に残念な気持ちです。

私の志摩のばあちゃんの思い出はいつも志摩の本家での事だけなんです。
本家におばあちゃんの部屋と言う離れがあり、そこのベットの上にいらしたおばあちゃんの所へ、オハジキやお手玉を持ち込んだ記憶くらいです。

その当時はもうおばあちゃんも動く事が困難だったのでしょうね、、、
最後の記憶はたぶん危篤の知らせを受け行った病院でした。

保育園を早退し祖母の病院へ行く時、大慌てで折り紙で何かを作りそれを届けました。
ベットの上でさぞ苦しかったでしょうに、とても優しい表情で受け取ってくれた事をうっすら覚えています。


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それから間もなくして、その祖母が亡くなり葬儀が行われました。

両親と兄と私、一家全員でその葬儀に参列した時のお話です。
父の在所の志摩ではその当時“金撒き”という習慣が色濃くありました。

今で言う運動会のくす玉入れのようなカゴの中に紙幣や硬貨を入れ、それを高く掲げばら撒きながら町内を歩くという風習です。
たぶん最後の功徳積みであり、穢れを祓い成仏してもらうようにとの習慣なんだろうと今では理解出来ます。

近隣のちびっ子や親戚の子供達が大騒ぎし出す中、私いちこは父のズボンを握りしめ、拾うどころか家族から離れる事が出来ませんでした。
この頃の私は超人見知りの恥ずかしがり屋のモジモジっ子、天からお金が降って来てもそんなの眼中に入りません。(ノ_・、)

それを見かねた父方家長の伯父(父兄弟の長男さん)がそっと私に言いました。

伯父:いいかいいちこ!おばあちゃんはいちこにいっぱいお小遣いを上げたがっていたんだよ、このお金はいちこへの最後のプレゼントだからいっぱい拾ってあげるとおばあちゃんはとても喜ぶんだ!

そう聞かされたその時、いちこのやる気スイッチが見事にONになりました。

それからのいちこは疾風の如く、小さな機動力を駆使し大人達の間を縦横無尽に駆け回った活躍を見せ、おばあちゃんからのプレゼント(かなりの大金)をそれは大事に抱えていました。


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その日の夜、私達家族はその本家の離れに泊まる事になりました。
おばあちゃんからの最後のプレゼントだから大事にとっておくの~♪と話し、お金を数えるいちこ。
そこに近寄る怪しい人影。。。

兄:なあ~いちこ( ̄ー+ ̄) そのお金お兄ちゃんにくれへん?

いち:これはおばあちゃんからもらったお金だからダメ!!あげられな~い(´▽`)

私と兄はなんと12才も離れています。だからその当時兄はもうしっかり青年でした。
おままごとのようにお金を数えて大事にする、幼稚ないちこをカラカイたくて仕方が無かったんだと思います。
又、兄はウチの親族の中でもカゼン背が高く、もう金撒き役にぴったりの人材として家長伯父からご指名を受けていました。
つまり、数少ない全く拾えなかった残念な人。

兄:いちこ、イイ事教えたろか~(^~^)そのお金は今夜中に早く使わないといけないお金なんだぞ!!

いち:ええっ!?(〇o〇;)

兄:おばあちゃんの成仏の為に撒いたお金だからなっ!

いち:(両親の方を見て)ホント?ホント?o(><)o

両親:(兄に対し)全くお前は余計な事を…( ̄~ ̄)ξ

母:お兄ちゃんは全く拾えなくていちこが羨ましいもんだからそんな事言ってるだけ、心配しなくて大丈夫!

っと母は私をなだめようとするのですが、もう完全に手遅れ、そんな事耳に入りません。
おばあちゃんが喜ぶと思い一生懸命拾ったお金が、おばあちゃんの為にならない?天国に行けない?
それは幼い私にとって一大事です!!

いち:お父さん、今からどこかお店に行こ!お金全部使わないと!!早くーーΣ(≧◇≦)

父:おいおいっ、こんな夜に開いてる店なんてどこにも無いぞ!それは無理や!

今と違い夕方には全てのお店が閉店する志摩の片田舎、お金を使う事も出来ずパニックに陥るいちこ、その動揺ぶりは半端なく、離れだけでなく、本家にもご近所中にも響き渡る大泣きものでしたから、親戚中が何事や!の大騒ぎでした。
・。・゜゜・(≧◯≦)・゜゜・。・

母:(兄に対し)兄ちゃんの責任です!何とかしなさい(`⌒´メ)


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(待ってましたとばかりの兄)
兄:いちこ!お兄ちゃん良い方法を思い付いた!!そのお金、兄ちゃんのお金と交換しよう~♪
兄ちゃんが全部使って来てあげるから、いちこはお兄ちゃんのお金だから安心して持っていればいいヨ~

いちこ:本当?お兄ちゃんが全部使って来てくれるの?おばあちゃん喜ぶ?

兄:大丈夫やよ、まっかせなさ~い~( ̄▽ ̄)ゞ

と言う兄がその時の私には誰より頼りになる一番カッコイイ兄に見えました。

でもたぶん、、、┐(´~`;)┌

持ち合わせがないからと両親のお財布からいちこのお金と交換したブラック兄、その後両親にお金を返済したかどうかはいちこの知るところではありません。。。


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ブラック兄でもたった一人の兄だから…( -.-) =з

ーーーーーーーーーー

写真の説明

1、庭園のお名前プレートなしのアンノン椿さんですが、これは私でも知ってる乙女椿じゃなかろうか!?と思います。

2、ユズリハ

3、ウチの庭よりユリ科の貝母

4、ジンチョウゲ科のミツマタ

5、花盛りのヒサカキ

6、倭姫宮内にある椿

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思うこと

いちこさーん、思い出話をありがとうございます。志摩には、そんな風習があるのですね〜。一生懸命拾う小さないちこさんを、お祖母様は「か、かわいいーっ」って、頰を染めて目を細めて観ていらしたことでしょう!それにしてもお兄様、あったま良いなぁ。
思い出話にところどころ散りばめられたお花の写真にとてもなごみました。白に濃い紅橙色のお花は何というのですか?枝の自然な広がり具合が名人花師が生けたみたい。
施設のお母様もお元気そうで嬉しいです。私も実家に帰るたび、両親に根掘り葉掘り、昔話を聞き出していますが、時々「ええ〜!そうだったん?」なんて驚くことがありますね。お彼岸て、生きてる私達が語る思い出話が、ダイレクトに彼方にいらっしゃる方々と共有できる期間なのですね。私もこのところ桃棒にいろいろ思い出話をせがんでいますが、結構嬉しそうに話してくれます。地球上、まんべんなくお彼岸〜!

No title

草花、美しいですね。
おばあさんと一緒に。。
お食事会しましょう!

ごめんなさい

お彼岸は私です。
タイトルと名前を間違えましたー

三月の桃日和さま

コメントありがとうございます~(-^^-)

> いちこさーん、思い出話をありがとうございます。志摩には、そんな風習があるのですね〜。一生懸命拾う小さないちこさんを、お祖母様は「か、かわいいーっ」って、頰を染めて目を細めて観ていらしたことでしょう!

だといいのですが、一連のドタバタ劇に成仏どころの騒ぎじゃないと、気をもんでいたのでは?なんて今では思ってしまうのですが、このお彼岸にそれも良い思い出として甦ってきたのは、きっと志摩のおばあちゃんの優しさなのかなとも思います~

>それにしてもお兄様、あったま良いなぁ。

決して自慢ではなくむしろ反対で決して自慢にならないのですが、世間の波でウィンドサーフィン的なウチの血筋にはない突然変異だと家族は話していました(笑)

> 思い出話にところどころ散りばめられたお花の写真にとてもなごみました。白に濃い紅橙色のお花は何というのですか?枝の自然な広がり具合が名人花師が生けたみたい。

記事に説明書きも添えましたヨ~!
枝の広がり具合に着目はさすが桃さん!その枝が必ず三叉になるからミツマタさん。
「ミツマタの花」は日本においては仲春(啓蟄〔3月6日ごろ〕から清明の前日〔4月4日ごろ〕まで)の季語とされているそうです。

> 施設のお母様もお元気そうで嬉しいです。私も実家に帰るたび、両親に根掘り葉掘り、昔話を聞き出していますが、時々「ええ〜!そうだったん?」なんて驚くことがありますね。お彼岸て、生きてる私達が語る思い出話が、ダイレクトに彼方にいらっしゃる方々と共有できる期間なのですね。

今日も母の元に行って志摩のおばあちゃんの話や父や兄の事話してきました。
お陰さまで元気にしております~!こういう昔話が年老いて物忘れがひどくなる頃合いには一番のリハビリでもあるのですよねー!

>私もこのところ桃棒にいろいろ思い出話をせがんでいますが、結構嬉しそうに話してくれます。地球上、まんべんなくお彼岸〜!

ホント!まんべんなくお彼岸~!
桃父母様や桃棒さまと語られるひと時だったり、そのお話が宝石の詰まった宝箱みたいに感じますよね♪

私も記憶力抜群の父にもっとしっかり聞いておくべきだったと今思います~
母ったらすぐもう昔の事やで忘れたったわーって言うのですもの~(-_-;)

三郎さま

> お彼岸は私です。
> タイトルと名前を間違えましたー

全然大丈夫です~!もちろんきっと三郎さんだと解っておりましたともー

改めましてコメントありがとうございます~(-^^-)

お食事会したい放題です~!御仏壇にご先祖が喜んでくれそうなものを色々順番に出して楽しんでいますが、
最終的にそれらは全て私のお腹の中に納まるのです。
春秋のお彼岸や夏のお盆、作るより食べる方が大変なのはどうしたら良いのでしょうか?

可愛い妹

うふふ、可愛い妹さん♪
いちこさんの素直なかわいいご性格がよくわかるエピソードですね。
我家では、子供の頃、ミカンをよく食べていました。
妹はミカンを剥いて小さな房を見つけると、とても喜んでいました。
それで、私のミカンに小さな房があると、妹にあげました。
試しに私が「私は大きなのが好きよ。」と言ってみると、妹はせっせと大きな房を私にくれました。
妹はちょっと馬鹿なのか、それとも本当に小さな房が嬉しいのか、子供心に悩みました。
妹って、そういう可愛らしさがあるのではないかしらと思います。
お花の写真に解説も添えてくださってありがとうございます。
いちこさんのお心をあらわしたようなお花達ですね。
とても和ませていただきました。
(御蔭様で随分元気になりました。あとは花粉の時期が過ぎるのを待つばかりです。)

ユーマミさま

コメントありがとうございます~(-^^-)

ユーマミさんはホント良いお姉さんだもの~♪
妹さんとのステキなエピソードお聞きするたびお姉さんっていいな~、姉妹って素敵だなっと憧れています。
ウチの場合、兄は独立も早かったので、私はほぼ一人っ子同然なんですよー。

食べ物ネタで一つ覚えているのが、ある日、まだ高校生の兄がやたら立派なチョコレートを沢山持っていたんです。
なのに私にくれなくて母に泣きついて事がありました。

母「あれはバレンタインでもらったものやからくれへんのやに…(笑)」
いち「でもチョコ欲しいもん!」
兄「普通はいちこがくれやないかんのやけど…」

> (御蔭様で随分元気になりました。あとは花粉の時期が過ぎるのを待つばかりです。)
それは良かったです。
でも咳だけは長引くような感じでしたよー(^_^;)もう大丈夫ですか?

私も中学生の頃からものすごく重症の花粉症だったのですが、なぜか数年前から卒業してしまったようで平気になっちゃいました。
花粉症の卒業ってあるのでしょうか(笑)

きゅーん!

いちこさんの幼少時代を覗かせて頂いたみたいで嬉しいです。
本当に素直で可愛いですね。
おばあちゃんの為に…っという一生懸命な、
いちこさんにきゅーん!としました。
ハグしたい〜。
きっと天国からも愛情いっぱいに、いちこさんのこと見守ってらっしゃるのでしょうね。
私は生まれて初めて(記憶がある年齢では)身内を亡くしたのは父方の祖母で、私が3歳の時でした。
その地域では珍しく雪が積もっていました。
今でも鮮やかに覚えているのが、月夜に輝く雪に覆われた庭と、
父の涙です。
お彼岸には、様々な懐かしことが思い出されますね。
今日も素敵なお写真ありがとうございます。

みつばちエミリーさま

コメントありがとうございます~(-^^-)

なんだか照れちゃいますね~"r(^_^;)
幼い時の私を抱きしめて下さるようなハグのプレゼントありがとうございます~。

エミリーさんもかなり小さな時の記憶ですね!その日の情景とお父様の流された涙、
沢山の優しさと寂しさがそのままエミリーさんの中で生きているようです。
生きている私達がしっかり抱きしめて生きて行かねばですねっ(^_-)-☆
きっと思い出せるのも私達の特権かも…って思っちゃいましたよ~

ところで、連休最終日に母の施設に行ったら、また新情報ゲットしちゃったのですが、
なんと母は私を産んで1週間で職場復帰したんだそうです。
一番アカン考え方やけど、っと前置きした上で、
倒れてもそこは病院だから~(笑)だそうです。( ▽|||)
プロフィール

いちこ

Author:いちこ

伊勢神宮の神様の森は甲子園球場の1300倍!だから伊勢の空気や水はとても清らかなのです

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