春の伊勢 その7

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左方抜頭(さほうばとう) 左方一人舞

天平年間(七二九~七四九)にインドの婆羅門僧正「菩提僊那(ぼだいせんな)」・林邑(りんゆう)の僧「仏哲(ぶってつ)」により我が国に伝えられたといわれています。
その昔、西域(中央アジア)で親を襲った猛獣を、子が山野に探し求めてついにその仇を討ち、喜ぶ様を表した舞であるとされています。


ネットニュースで見ましたが、なんと35年ぶりのご披露だったとの事、貴重な機会をいただきました。


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胡蝶(こちょう) 右方四人舞

平安時代中頃の延喜六年(九〇六)、宇田上皇が童相撲を御覧になる際、藤原忠房が曲を、敦美親王が舞を作られました。左方の舞楽「迦陵頻(かりょうびん)」と共に、童子(どうじ)の舞(童舞)として名高い曲です。



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このあと、、、

長慶子(ちょうげいし)

平安時代中期の雅楽の名手、源 博雅(みなもとのひろまさ)の作曲と伝えられています。
よく整った格式高い曲とされ、舞を伴わないものの舞楽曲と分類される特殊曲です。
舞楽終了の際には、退出を催す退出音声(まかでおんじょう)として奏されており、拍子の早い舞楽吹(ぶがくぶき)で奏すことになっています。


舞を伴わないとの事で、写真撮影はしておりませんが、静かに目を閉じ心で聞かせていただきました。

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