志摩のおばあちゃんとブラック兄

春のお彼岸と言う事もあり、私も昔む~かしの記憶を思い出したので、記事にしてみたいと思います。


DSCN3313_convert_20160321000919.jpg


私が生まれ物心付いた頃、祖父母と呼べる人は父方のおばあさんお一人でした。
母方のおじいさんは早くに亡くなり、おばあさんは私が生まれる少し前にすでに亡くなっていました。

父方のおじいさんもすでに亡くなっており、残ったおばあさんも私が小学校に上がる前には亡くなったと記憶しています。
だから学校の友達が話す、おじいさんおばあさんとの楽しい話が私には無く、お年玉も当然みんなよりかなり低かったです~(笑)

ですがつい最近、介護施設に居る母から重要な新事実を聞かされました。

その父方のおばあさん、通称『志摩のばあちゃん』は私が産まれてから足しげく我が家に通ってくれていたんだそうです(∩_∩)

いち:ええーー!!それ本当?初耳だよ~(°O°)

母:知らんかったん? そうそう、いっつも「可愛い子は元気かのぉ~♪」ってご機嫌さんで来てくれてたんヨ!

いち:ちょっと待って!志摩のおばあちゃんはどうやって来てくれてたの?車乗れないでしょ!?それにこの山だよ!!

母:朝早くからバスに乗って来てくれるんさー! 山?志摩のばあちゃんは大百姓さんやったで、足腰強い強い!この山なんて何てことないお達者さんやったわさー!

母:でもな、志摩のばあちゃん面白かったんヨ!いちこが母さんにだっこされて上機嫌でいるのが面白くなくて、ワシがだっこするって離さないんよ~(〃∇〃)ゞ
必ず一泊だけされ翌日には志摩に戻らないと畑や田んぼも忙しかったやろうにねー!


DSCN3054_convert_20160321000853.jpg


私の母は若い時から看護婦さんでありまして、昔からバリバリ働いておりました。
私が産まれてからもすぐ職場復帰をした為、私はご近所さんに預かってもらっていたそうです。
それが個人でみてくれる為に結構高額で、その助けになればと祖母は農業のかたわら志摩から伊勢に通ってくれてた事があるそうなんです。

可愛い子は元気かのぉ~♪がいつもの口癖だったと母は話していました。

一方私はその事を全く覚えておりません。。。
産まれて間もない赤ちゃんだっただけに無理もないのかも知れませんが、赤ちゃんながらに月夜見宮の側の交番のベンチでオムツを替えられた記憶を鮮明に持つ私、なんでその時の記憶がないんだと非常に残念な気持ちです。

私の志摩のばあちゃんの思い出はいつも志摩の本家での事だけなんです。
本家におばあちゃんの部屋と言う離れがあり、そこのベットの上にいらしたおばあちゃんの所へ、オハジキやお手玉を持ち込んだ記憶くらいです。

その当時はもうおばあちゃんも動く事が困難だったのでしょうね、、、
最後の記憶はたぶん危篤の知らせを受け行った病院でした。

保育園を早退し祖母の病院へ行く時、大慌てで折り紙で何かを作りそれを届けました。
ベットの上でさぞ苦しかったでしょうに、とても優しい表情で受け取ってくれた事をうっすら覚えています。


DSCN3299_convert_20160321001002.jpg


それから間もなくして、その祖母が亡くなり葬儀が行われました。

両親と兄と私、一家全員でその葬儀に参列した時のお話です。
父の在所の志摩ではその当時“金撒き”という習慣が色濃くありました。

今で言う運動会のくす玉入れのようなカゴの中に紙幣や硬貨を入れ、それを高く掲げばら撒きながら町内を歩くという風習です。
たぶん最後の功徳積みであり、穢れを祓い成仏してもらうようにとの習慣なんだろうと今では理解出来ます。

近隣のちびっ子や親戚の子供達が大騒ぎし出す中、私いちこは父のズボンを握りしめ、拾うどころか家族から離れる事が出来ませんでした。
この頃の私は超人見知りの恥ずかしがり屋のモジモジっ子、天からお金が降って来てもそんなの眼中に入りません。(ノ_・、)

それを見かねた父方家長の伯父(父兄弟の長男さん)がそっと私に言いました。

伯父:いいかいいちこ!おばあちゃんはいちこにいっぱいお小遣いを上げたがっていたんだよ、このお金はいちこへの最後のプレゼントだからいっぱい拾ってあげるとおばあちゃんはとても喜ぶんだ!

そう聞かされたその時、いちこのやる気スイッチが見事にONになりました。

それからのいちこは疾風の如く、小さな機動力を駆使し大人達の間を縦横無尽に駆け回った活躍を見せ、おばあちゃんからのプレゼント(かなりの大金)をそれは大事に抱えていました。


DSCN3316_convert_20160321001035.jpg


その日の夜、私達家族はその本家の離れに泊まる事になりました。
おばあちゃんからの最後のプレゼントだから大事にとっておくの~♪と話し、お金を数えるいちこ。
そこに近寄る怪しい人影。。。

兄:なあ~いちこ( ̄ー+ ̄) そのお金お兄ちゃんにくれへん?

いち:これはおばあちゃんからもらったお金だからダメ!!あげられな~い(´▽`)

私と兄はなんと12才も離れています。だからその当時兄はもうしっかり青年でした。
おままごとのようにお金を数えて大事にする、幼稚ないちこをカラカイたくて仕方が無かったんだと思います。
又、兄はウチの親族の中でもカゼン背が高く、もう金撒き役にぴったりの人材として家長伯父からご指名を受けていました。
つまり、数少ない全く拾えなかった残念な人。

兄:いちこ、イイ事教えたろか~(^~^)そのお金は今夜中に早く使わないといけないお金なんだぞ!!

いち:ええっ!?(〇o〇;)

兄:おばあちゃんの成仏の為に撒いたお金だからなっ!

いち:(両親の方を見て)ホント?ホント?o(><)o

両親:(兄に対し)全くお前は余計な事を…( ̄~ ̄)ξ

母:お兄ちゃんは全く拾えなくていちこが羨ましいもんだからそんな事言ってるだけ、心配しなくて大丈夫!

っと母は私をなだめようとするのですが、もう完全に手遅れ、そんな事耳に入りません。
おばあちゃんが喜ぶと思い一生懸命拾ったお金が、おばあちゃんの為にならない?天国に行けない?
それは幼い私にとって一大事です!!

いち:お父さん、今からどこかお店に行こ!お金全部使わないと!!早くーーΣ(≧◇≦)

父:おいおいっ、こんな夜に開いてる店なんてどこにも無いぞ!それは無理や!

今と違い夕方には全てのお店が閉店する志摩の片田舎、お金を使う事も出来ずパニックに陥るいちこ、その動揺ぶりは半端なく、離れだけでなく、本家にもご近所中にも響き渡る大泣きものでしたから、親戚中が何事や!の大騒ぎでした。
・。・゜゜・(≧◯≦)・゜゜・。・

母:(兄に対し)兄ちゃんの責任です!何とかしなさい(`⌒´メ)


DSCN3320_convert_20160321001107.jpg


(待ってましたとばかりの兄)
兄:いちこ!お兄ちゃん良い方法を思い付いた!!そのお金、兄ちゃんのお金と交換しよう~♪
兄ちゃんが全部使って来てあげるから、いちこはお兄ちゃんのお金だから安心して持っていればいいヨ~

いちこ:本当?お兄ちゃんが全部使って来てくれるの?おばあちゃん喜ぶ?

兄:大丈夫やよ、まっかせなさ~い~( ̄▽ ̄)ゞ

と言う兄がその時の私には誰より頼りになる一番カッコイイ兄に見えました。

でもたぶん、、、┐(´~`;)┌

持ち合わせがないからと両親のお財布からいちこのお金と交換したブラック兄、その後両親にお金を返済したかどうかはいちこの知るところではありません。。。


DSCN3336_convert_20160321002416.jpg


ブラック兄でもたった一人の兄だから…( -.-) =з

ーーーーーーーーーー

写真の説明

1、庭園のお名前プレートなしのアンノン椿さんですが、これは私でも知ってる乙女椿じゃなかろうか!?と思います。

2、ユズリハ

3、ウチの庭よりユリ科の貝母

4、ジンチョウゲ科のミツマタ

5、花盛りのヒサカキ

6、倭姫宮内にある椿

スポンサーサイト

父の好物の卵焼き

こんにちは~いちこです~

今日は半年くらい前だったか、ある日フッとある想いが押し寄せて来て、それがキッカケで今までそ~深く考えていなかった事柄が鮮明に理解出来ちゃった!っと言うお話を書かせていただきたいと思います。

いやっ!そ~大した話ではなく、私個人のお話で、そのコッパズカしさも手伝って今まで書けなかったのですが、
父の日も近い事でもありますし、公開させてもらちゃおう~っと思います。

ウチのじじ(父)は数年前から施設に入れてもらっています。
ハシゴから落ちた事故の後遺症で、認知症も発症し意思の疎通も難しく、また重症介護の車椅子生活なのですが、
本来穏やかな人柄で、ニコニコしている事もあり、施設の方々にも良くしていただいています。

そんな父が、まだ元気で母と私と一緒に生活していた頃、とにかく卵焼きが大好物でした。

いち 「何か食べたいものある~?」と聞くと、決まって卵焼きをリクエストされました。

その卵焼きも、出し巻き卵とか、おねぎを入れたものではなく、一番シンプルな塩で味付けしただけのものです。
それに、ちょびっとお醤油を落として食べるのが大好きだったんです。

いち 「ねえねえ、たまには違う味付けにしょうよ!出し巻き卵に大根おろしも美味しいヨ!」

ちなみに私は甘いめに味付けした、お弁当に入れるような卵焼きが好きです(^з^)~♪

じじ 「父さんはいつものがいいの!塩だけの~!」

いち 「卵だけじゃ栄養も片寄るから、せめておネギ入れようよ!ネギ大好きでしょ!」

じじ 「ん?ネギ!?それも美味そうやな~♪ いやいやそれでも塩だけのいつもの~!!」

そんな会話を毎朝のように交わしていました。


梅の実


母が高齢になり、食事の用意を私がするようになって、忙しい私を気遣って簡単に出来るものをリクエストしてくれてたのかなぁ~なんて思ってたのですが、

母の介護に専念し、一日中ウチに居られるような時期になってもそのスタンスに変化はありませんでした。
でも、それこそ日常の光景、さほど気にもしないで毎日を過ごしていました。

そんなある日、いつもの卵焼きをうれしそうにほおばりながら、ふいに父が話しかけて来た事がありました。

じじ 「いちこがさっ、父さんに初めて作ってくれたもの何か覚えとるか~?」

いち 「なに突然!?そんな事覚えてないヨ~、お父さん覚えてんの~???」

じじ 「。。。うん」

いち 「ナニ何?何やったの~?」

じじ 「。。。う、うん・・・、コレっ 」

そう言ってかなり言い辛そうに、食べてた卵焼きを、箸を持った手で指差しました。

いち 「へ~~~、よくそんな事覚えてるよね~、何十年前の話ヨ!アキレタ~(笑)」

そう言って半ば呆れ顔の私に、ちょっと気まずくなったのか、

じじ 「あ~ウマかった!ごっそ~さん~!」

と言って、足早に庭仕事に出て行きました。

そんな日があったもので、事実としては知っていたのです、全く気にもしていなかったのですが~(汗)


並んだ梅



だけど、どうもそれだけじゃなかったという事が、ある日突然、理解出来てしまいました~(〇o〇;)

それが、今から半年くらい前のある夜、連日の仕事の忙しさもあり、家での家事を済ませた後、椅子にもたれながらボケ~~っとくつろいでいました。
(この時、父の事は微塵も考えていませんでした。じじ、ゴメンm(_ _)m)

その時突然、なんかこう胸の奥から一気に想いが込み上げて、その大きな空間に包まれたようにも感じました。
それは、間違いなく父の想いを示すもの、、、

父の記憶の断片だったのでしょうか?
当時の父の想いと共に全てを教えられたような気がしました。


・・・なんか私ヘンナ事言ってますよね~(笑) 
だけど、理解出来ちゃったもんだから仕方がないのです~( ̄∇ ̄〃)>
それを要約するとこんな感じ ↓


“父さんの大好物は卵焼き。。。

それは、まだ幼いおしゃまないちこが、父さんに初めて作ってくれたもの…

うれしくて、美味しくて、世の中でこれ程贅沢でウマイものは無いと思った。

だから父さんの好物は卵焼き、塩だけ入れた卵焼き、あの日からずっ~と、今もなお… ”


言葉にするとたかだかコレだけの事なんです、だけどその時の父の想いのようなものまで明確に伝わり、もう嗚咽するほど泣けました(照)そして我が父ながら、スゴイっと思いました。( ̄^ ̄)

要するに、昔からずっ~と好きだったのではなく、あの日を境に自分の意思で好物にしていたようです~!

そしてまた同時に、私も少し想い出しました。
まだまだ幼い私が、いっちょ前に母にエプロンをしてもらい、小さな椅子に登ってガス台の前に立ってた事。

仕事から帰って来たばかりの父を捕まえて、

いち 「お父さんお腹空いてない~?」

っと半ば強引に卵焼きだけをデ~ン!と出した事。

じじ 「おいおい、ご飯前やぞ~~」

とか言いながら、それでもうれしそうに食べてくれた事。

正直、その時の私には、大好きなおママゴト遊びの続きでしかなかったのです~

ドロで作ったお料理は、食べるフリしかしてもらえないけど、本物のお料理は美味しそうに実際食べてもらえるんだ~!なんて、ニコニコしながら父の食べる様子を見ていました。


それらの全てを一瞬にして理解しました、椅子にふんぞりかえりながらですが…(笑)


そして、もう一つ明白に解った事。。。

これは、きっとアレだぞ~!施設に居る父が、卵焼き食べたいビームを出してるのだろう~
(;¬_¬)----※----(・_・;) (絶対間違えない!! by 娘の感)


意思の疎通が難しく、上手く考える事が出来ているのか、思うように意思を現せているのかも解らない事が多々ありますが、それだけに妙なパワーが強化されているんじゃないかなっと密かに思っています~!

でも、それでも、なんでもいいのです~♪ 

とにかく、了解!!届けるね!ε= ε= ε= (ノ^∇^)ノ〔卵焼き〕



関わり。。。

さてさて、昨日の続きのお話です。。。

これは私がうん~と幼かった時のブンちゃんとのエピソード、いちこの失敗経験として胸の奥に閉まったままだった思い出と共に紹介します~

その当時、テレビアニメでみつばち関連のお話が人気沸騰しておりまして、他に漏れず私もキラキラお目々を輝かせ、食い入るように見ていました(笑)

その時の影響で、外遊びが大好きな私は、山の花々の花粉をせっせと集め、それを我が家の屋上から風に乗せてふんわり流す~~♪

なんて事をとても楽しんでやっていました(*^-^*)
きっと誰か昆虫さんの元にお届け出来るはずだと信じて疑わないチビッ子でした。

屋上から、風にそーっとキラキラサラサラ~っと花粉を乗せると、いつもその花粉をまとうように飛んで見せてくれたのが、何を隠そうこのブンちゃんでした。

そんな日々を重ねる内、すっかり仲良くなったチビッ子いちことブンちゃん、外遊びをする時の大事なパートナーだったのです。


氏神様のお庭より



(^-^) 「ブンちゃん!今日は何して遊ぶ!? そうだ!お山の頂上で、色んな虫さん見つけようヨ♪ちょうちょさんに会えるといいな~♪」

そんな会話をしながら山の頂上の広場に行き、飛んで来る虫を待っていた事があります。

自然豊かな山は昆虫の宝庫です、色鮮やかなちょうちょやトンボがすぐ現れてくれるはずでした。

ところが、私の上空にいつもホバリング状態で待機しているブンちゃんが、私達のエリアに近付こうとする昆虫をすぐさま追い払うではありませんか!

(`へ´) 「もう~ブンちゃん!!いちこはちょうちょさんを待ってるのに、ブンちゃんが追いかけるから誰も来てくれないじゃない~~怒」

ブン(-_-;) 『…すっ、すいません、自分、不器用ですから。。。』

5分・・・10分・・・15分・・・20分・・・

ブンちゃんの迅速な活躍で、すっかり立ち入り禁止区域に指定されたかのように、そのあと昆虫の姿がパタリっと見えなくなってしまいました。

すっかりスネてしまったいちこ、ここであのテレビアニメのワンシーンが頭に浮かびます!
それは、主人公のみつばちがちょうちょや他の昆虫達と手を繋ぎ楽しそうに踊るシーン!

(*^-^*) 「そうだ!ブンちゃんはみんなとも仲良しでしょ!ちょうちょさんココに呼んで来て~♪」

そうブンちゃんに言うやいなや、ブンちゃんはどこかにピユッと飛んで行きました。
どれくらいの時間が流れたでしょう~、しばらくするとブンちゃんが何かを追い立てるようにして戻って来ました。

(^-^) 「スゴーイ!黄色のちょうちょさんだ~!」

なんと、あろう事か実際ブンちゃんは黄色のモンシロチョウを追い立てるように連れて来てくれました。
最初はびっくりするやら、うれしいやら、…でも、何か変な気持ちが幼い私に残っていました。

それを確かめるように、もう一度お願いしてみました。

(・_・; 「ブンちゃん、今度はもっと大きいなアゲハちょうさんを連れて来てくれない!?」

身体の小さなモンシロチョウはブンちゃんでも可能な大きさですが、羽を広げたらかなり大きなアゲハちょうはブンちゃん一人では絶対無理なはずです。
私の想いが伝わった事のうれしさ反面、何か違うゾっと言う違和感が幼い私の中にありました。

しばらくすると…

ブンちゃんはもう一匹のお仲間ブンちゃんと協力して、アゲハちょうの両脇に並んで帰って来ました。

(〇o〇;) 「ブンちゃん・・・」

このあと、私は急に全ての事が恐くなり、一目散にウチの中に逃げ込みました。

 。°°・(;>_<;)・°°。 「おかあさ~~ん~(涙)」 

母のエプロンに顔を埋め、いつまでもメソメソモードの私でしたが、何があったのか聞かれても、答える事は出来なかったのです。


山の風景



幼い頭の中ではとても整理出来ない出来事の数々、ただただいけない事をしたんだという罪悪感に囚われたままでした。

言葉が通じたという事、自分の思うようにブンちゃんを動かしてしまった事、ちょうちょさんの嫌がる様子、その何もかもがただただ恐くて震えていました。


(ノ_・。) 「ブンちゃんごめんね!いちこがいけなかったの…」

そう伝える勇気がその時の私にあったのか、今ではソコの辺りは覚えていませんが、幼い心の傷が癒えるまで、
心の中ではいつも謝っていたのだろうと思います。

このような、イタイ経験も含めて自然の中での自然との関わり方を、肌を通して学んでいったのだろうっと今では考えています。

相手の立場や役割を理解し、尊重し思いやりながら、適度な距離間を大切にするスタンスは、自然との関わり、神様との関わりだけじゃなく、緊張する昨今の世界情勢にも相通じるものがあるのではないでしょうか!?

だからどうするっと言った方法論は、今の私には語る事は出来ませんが、自分の心の置き方だけは解るような気がしています。

朝熊山が好きな理由。。その2

いや~~前置きだけで一回分になるとは予想外でした_| ̄|〇

それでは早速、その続きをお話したいと思います^^

それは私がまだ幼稚園にも上がってない頃の幼い時のお話です~

ウチには二人乗りのブランコがありました。向かい合って座るタイプのやつです~。
その日、母と二人でブランコに乗っていました。

私は朝熊山や伊勢の南に広がる町並みを眺める位置で座っています。
母は私を見るように、それらを背に座っていました。


朝熊山と町並み
(昔の事ですから、今より家々も小さく田んぼや空き地も沢山あったと思いますが、こんな光景でした)

母の穏やかな笑顔を見ながら、とても楽しくおしゃべりしながらブランコに揺られていたのです~(^з^)~♪

そんな幸せな時間が流れていた次の瞬間!!

なんとあろう事か、大きな怪獣が多くの家々を踏み潰し大暴れしています(驚)

幼いち : (〇o〇;) えっ!


ええっ?怪獣?。。。もうお気づきかと思いますが、実はその当時のいちこの夢の話なんです~ビックリした?
でも、とんでもなくリアルで、夢の中で恐怖におののく私がいました。

幼いち :どうしょう!どうしよう~!

その光景を見ているのは私だけ、それらを背にしている母は全く気付いていません。
家々は踏み潰され、車は宙を舞い、そこら中が火に包まれてしまいました。

幼いち :早くお母さんに教えなくては!でも声が出ない(固)

余りの恐怖に完全にフリーズしているいちこ、目の前の母に伝えなくちゃならないのに、表情一つ変える事が出来なかったのを覚えています。。。

幼いち :でも、お母さんに言ったら、お母さんまで恐い気持ちにさせちゃう…。お母さん笑っているのに、どうしたらいいの!?


ココが夢だというポイントですね!逃げる事よりも母の表情を崩してしまう、恐怖を味合わせてしまう事を幼心に苦しでいました。


幼いち :でも逃げなくちゃ!これ以上怪獣が近くに来たら大変だ!どうしよう、どうしよう、どうしよう…
 。°°・(;>_<;)・°°。

やっとの事で夢から覚めたいちこでしたが、オールカラーの余りにもリアル過ぎる夢に、幼い私には夢か現実かの区別が訳判らなくなってしまっていました。

むしろ、これから起こる事のような捉え方をしてしまい、それから数日かなり落ち込む日々をすごしていました。

食欲もなく、外遊びもしなくなった私に、両親共々首を傾げていた事だと思います。


父 : (⌒ー⌒) いちこ!一緒に外で遊ぼう~~

その誘いに、いやいや外で砂遊びをしていると、父は聞いてきました。

父 : ( ̄▽ ̄) この頃元気がないな!どうしたんだ~?

幼いち : (‥、) ……無言 


正直その考えられない程の恐怖を、口にする事さえ恐かったのです。
それでも繰り返し心配する父にやっと重い口を開きました。大粒の涙と共に…


幼いち : ゜゜・(≧◯≦)・゜゜あのね…、怪獣がやってくるの~(涙)いっぱいおうちを壊してね、いっぱい火事になってね、こっ、こっちにやって来るんだよ~

父 : ( -.-) =з (そういう事か…)

父 : ( ̄ー ̄) そっか~、夢を見たんだな!でもそれは違うぞ!いいか、いちこ!あの山々をしっかり見てみなさい!

そう言って父は朝熊山の山並みを指さしました。。。


ウチから見た朝熊山


父 : あれは“朝熊山”って言うんだヨ、山々がずっ~~と続いているよね!この町はあの山々に守られているだ!だから怪獣は入りたくてもこの町には絶対に入れないんだヨ~( ̄^ ̄)ドヤ顔...

幼いち : q(°O°)p ええっ!それ本当!!バリアなの~!?

父 : え!?バリア? ( ̄~ ̄)ξ う、うん、そうだな!バリアだな~!

父がちょっと困った顔をした事など、もうその時の私には全く眼中に入りませんでした。
その言葉を聞き、山々が目に見えないバリアを張り巡らしてくれているイメージが一瞬にして広がりました。

怪獣が入りたくても入れない…!
透明なバリアに邪魔されて顔や身体がベターっとつぶれている、その姿を思い浮かべていたんです。

幼いち : (*∩.∩*) なんてスゴイお山さん達なの~♪ 地球防衛隊だったんだ~!!

父のその言葉を聞きどれだけ安心した事か…、もう山々が光輝くように感じていました。


別世界にも見える朝熊山


それから年月は流れ、さすがに怪獣からは完全に卒業したいちこではありますが、それでも朝熊山に対する気持ちは幼い時に感じた尊敬と憧れの想いのままでした。

朝熊山の向こうには神宮林を含む沢山の山々や伊雑宮があります。こちら側には内宮さん外宮さんはじめ沢山のお宮があります。


神宮林の山並み


また今になり、朝熊山にまつわる色んなお話を聞くに付け、父が言ってた事もあながちウソでは無かったな~なんてその当時を想い返したりしていました。


氏神さんの鳥居

コレが私の朝熊山好きの原点なんです~。父のおかげかもしれませんね…(^_-)-☆


朝熊山が好きな理由。。その1

こんにちは、いちこです(^o^)/~~~

新しいカテゴリ『いちこの昔話』を作りました。

伊勢の町と共に育ったこのいちこ、こう見えて様々なハートフルな(?)逸話の持ち主でございます~"r(^_^;
幼少時代から今に至るまで、伊勢の自然は私に沢山の事を教え、そしていつも側に居てくれました。

その中から厳選してお届けする『いちこの昔話』シリーズ!お付き合いの程どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

さて、その第一弾としまして、皆様にはすっかりお馴染みになりました、私の朝熊山好き♪
その大元となったお話をさせていただきたいと思います~(*^-^*)


早朝の朝熊山


私のウチは山の頂上にあります(もうすっかりこちらもお馴染みですよね!)
その南には朝熊山の山並みが右(内宮さんの方向)から左(太平洋)にずらずらずら~っと並んでいます。

幼い頃からその光景を尊敬と憧れが入り混じった想いで見つめていました( ・・)ノ☆

私は学生時代→社会人→それからの数年間この町を遠く離れた事がありました~。
その時ですら私の側にはいつも朝熊山があったのです~(^_-)-☆ 意味判らない?ですよね!?

実はコレ↓ 確か小学校の3年生ぐらいかと思うのですが、私が描いた朝熊山なんです(〃∇〃)ゞ


いちこ作 朝熊山


( ̄∇ ̄〃)> いや~お恥ずかしながら公開しちゃいました。
こちらも意味判らない…と思いますが、小学生の作品ですからご容赦の程を…

確か学校で写生大会か何かがあった日の下校後です。
それが夏休みに近かった日で、絵の具セットを家に持ち帰りましょう~って事になって、画板から水入れから大荷物を抱えウチに帰るや否や屋上に駆け上って描いたのです。

私は絵も得意では無かったし、家でもそんなにお絵かきしてた記憶もないのですが、
この時ばかりは、もう描きたくて描きたくて仕方がなかったのと、自分でもビックリする程短時間で仕上げたのを覚えています~。

それをこの町を離れる時にいつも持って行ってたという訳なんです。。。

その時は深い意味も何もなく、ただお部屋のインテリアにしたいな~のノリでしか無かったと思います。
でも心のどこかには故郷を離れる寂しさがあったのかもしれませんね~

もちろん今もリビングの壁に飾ってあります。どんだけ物持ちがいいんでしょうか…(汗)

そんなこんなで今日までの私、朝熊山から離れた時はほとんど無かったと言っても過言ではないと思います
(〃 ̄▽)/   


…ってここまで全部前置きでございます~、大元となった話まで全く到達出来ておりませんm(_ _)m

この続きは近日中にアップ出来るよう頑張りま~す(o‥o)/~~~


次回に続く。。。。。
プロフィール

いちこ

Author:いちこ

伊勢神宮の神様の森は甲子園球場の1300倍!だから伊勢の空気や水はとても清らかなのです

コメントもお待ちしております^^

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード