母よ、あなたは強かった。その2

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いち:父さんと母さんの生きてきた歴史を聞いていると、なんだか自分の小ささを思い知らされるね( ̄▽ ̄;)

母:そんな事ないよ!いちこは元気に産まれてくれただけで、赤ちゃんの時から家族みんなを癒してくれた♪

いち:ああっ、その話ね~(^▽^;) 

祖母が無くなってからわずか数年、そのちょっとしたしぐさもなぜか亡き祖母に瓜二つの私が誕生する事になりました。

母は若い時の貧しい生活から、体の栄養状態が万全ではなく、遅がけに出来た私の事を母体も子供の安全も保証できないので堕胎するようお医者様からキツク言われていたそうです。
そもそもがバリバリの看護師ですからその怖さも十分に理解していた事でしょう~

父ももちろん気が気で無かったはずですが、こうと決めたら一歩も引かない母の事を一番よく理解しているだけに、見守るしか出来なかったと言います。


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母:この子は大丈夫、とても強い子。そして私も決して負けない。。。

そんな確固たる何かを強く信じていたようです。

そうして、それから無事にこの世に誕生させてもらった私、それはそれは小さく、未熟児ギリギリのラインの弱弱しさながら、何とか無事で、もちろん母も元気だった訳です。

ところが、その産まれて間もなく、またしても母はやらかしてくれていました(-_-;)

母:母さんな~、いちこが産まれてほぼ一週間で病院勤めに戻ったの♪

いち:えええーーー?どういう事?お金の為???

母:それも全く無かった訳じゃないけど、その頃は父さんの稼ぎが十分あったんだけどねっ、、、でも病院のみんなが大人しく座っているだけでいいからって!赤ちゃんのお世話もするでって、しょっちゅう言われてしまってね"r(^_^;)

いち:あなたっ!それ無茶苦茶じゃない!ベビーベット代わりの病室ベットはそりゃ沢山あっただろうけどさっ、産前産後、育児休暇はその当時無かったのか???今じゃ産後1年や1年半なんて普通になっている話だよ!

母:どうやったんやろな~?でもみんなこぞって何かあったら処置も看病も出来る体制だから心配するなって…(笑)それに心配な患者さんも沢山居たし、そもそもそれだけその当時の病院は大忙しで大変だったのよー

いち:おいおいっ!そこは生後7日の生まれたての私を心配しようよー( ▽|||)


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母:大人しく座って指示だけで良いと言われても、出勤したらしたでそういう訳にもいかず、結局ご近所の個人のお宅に預ける事になったんだけどねー。

いち:母さんチャキチャキの看護婦だったらしいね!つい最近もそんな話が偶然耳に入ってきたよ~(^▽^;)
今現在もその病院の歴代の看護師長さんはなかなかの厳しい厳格な婦長さん揃いらしい…、そんな方々が頭が上がらないのが、母さんだったってオチ付きの話で、母さんどんだけ~???と青ざめたよー(¬ε¬;)

母:母さんはとても優しかったんよ~♪ でね、預けていた個人のお宅が、個人なだけにかなり高額でキビシかったんだけど、そこにいちこを溺愛してくれた志摩のお義母さん(父方祖母)が助けに来てくれたのよ~

いち:ああっそれ知ってる!『可愛い子は元気かのぉ~♪』ってお決まりのフレーズで、始発のバスに乗り、志摩から山の上のこの家に子守りの為によく通って来てくれた志摩のおばあちゃんの話でしょ!

母:そうそう~♪ 志摩のばあちゃんは手広く農業をされてたから、それは忙しい身だっただろうに、いちこ会いたさに暇を見付けては飛んで来てくれてたの、ありがたかったよ!

いち:志摩のおばあちゃんは私に夢中~!?

母:(笑)その時、志摩にもすでに何人も孫が生まれていたけど、みんな男の子だったのねー、そこに突然現れたのが、いちこだったから、本家でも姫や姫やと大騒ぎ~♪初めての女児の孫だった事もあり、志摩のおばあちゃんも本家の皆さんもそれは大事にしてくれたのよ!

いち:姫っすか~私。。。(〃∇〃)ゞ 

母:志摩のおばあちゃんはとても面白くて、母さんに抱かれていちこがご機嫌さんでいると決まって不機嫌になる。で、わしが抱っこする~と奪って離さなくなるくらいの可愛がりよう♪

いち:おおっ!嫁姑バトル勃発ですなっ!しかも原因は私だったなんてそれどうなの…( ̄^ ̄)チ-ン
そうそう、そう言えば少し前、●子おばちゃん(父の下の弟嫁さん)からもその当時の話を聞いたのよ~!

母:え?なんて?

いち:おばさんは私の事をとても思い入れ深く、今もとっても可愛い姪っ子なんよって言ってくれた♪


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おば:いちこが生まれた時、お目目くりくりのとっても可愛い赤ちゃんで、まるで動くキューピー人形さんやと親戚一同がみんな顔を見たがってたくらいの子やったんよ!お姉さん(私の母)はそんないちこにそれはいつも可愛いお洋服を着せ、お兄さん(私の父)と共にとても大事に育てていた。
その時、私はすでに結婚していたけど、まだ子供はもう少し先で良いと思ってはいたものの、いちこの可愛さにもうすぐにでも子供が欲しくなったし、結婚がまだだった弟さんの背中を知らぬまに押してた事もあった。
実際、いちこ誕生のあと親族の子供が増えてるのも事実でしょ(笑)

いち:もちろん、●子おばちゃんがお上手言って下さってるだけなのはわかっているけど、母さんもしかして、その可愛いお洋服ってのはお手製でしょうか~?

母:もっちろんです!昔取った杵柄ってヤツよね、それに私、センス抜群( ̄▽ ̄)v!!

ーーーーーー


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私の母は昔からゴーイングマイウエイ的な妙な明るさ強さがある事を幼い時より感じていました。
でもこうやって初めてその苦労していたであろう子供時代からの話を聞いて、その妙な強さが、今日まで生きてきた経験と軌跡に基づいたものだと、とても芯から理解できたように思います。

苦労を苦労とも思わずに、その中で自分に出来る事を明るく楽しみながら重ねていった日々、到底現代を生きる私には逆立ちしてもマネできそうにありませんが、少なくともその明るい母と心根の優しい父の遺伝子をしっかり受け継ぐ娘として、又、今は亡き多くの親族が愛してくれた子供であった事実と共に、改めて誇りを持ち続けたいと温かな気持ちになりました。

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母よ、あなたは強かった。その1

こんばんは、いちこです~。

私の母(ばば)は現在要介護5で、介護施設にお世話になっています。
お食事やイベントの時は車椅子に座れますが、長時間の座位は身体が痛くなり、ほぼベットの上での生活です。

そんな母の元に、2週間に一度のペースで、何か美味しいものを持ち込みおしゃべりに花を咲かせています。
最近はもっぱら母の幼少時代、どうやってこれまでを生きてきたのか、そんな昔話を必死に聞き出している状態です。

たまに軽くボケが入るものの、そんな今だから、よく覚えている幼い頃の記憶、それを思い出し自分の言葉で話す事は、とても良い脳の活性化に繋がるはずだし、何より私としても今しか教えてもらえない貴重なルーツ話にもなります。

本当はこういう昔話は、人の顔を一回見れば大体記憶できてしまう、うらやましい程の記憶力を持っていた父にこそ、元気なうちにしっかり聞くべきだったのですが、、、(;-_-)w 父亡きあとかなり後悔したもんです。

だからこそ、母には今のうちに…っと、、、
そこで初めて明かされる様々な昔話に私も興味深々で、でもってこれらの話をしっかり覚えておきたくて、ちょっと記事にしてみます。


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ーーーーーー

母は、三人兄弟の一番末っ子として誕生しますが、その一年半後くらいに一家の大黒柱であるお父さん(いちこの祖父)を病気で亡くし、真ん中のお兄さんも病気で亡くしています。
年の離れた長男はあっと言う間に一人独立を果たし、母は祖母と二人、貧乏長屋で肩を寄せ合うように、懸命に生きてきたようです。

いち:ねえねえ、大黒柱であるお父さんがいなくて、おばあちゃんはどうやって生計を立てていたんだろうか~?(・_・?)

母:ばあちゃんが他に収入元があったのかはよくわからんけど、、、とにかく母さんが洋服やら小物やら色々作ってなっ、それをばあちゃんが売りに行ってたんさ~( ̄▽ ̄)ゞ

いち:えっ!?それって、母さんがいくつくらいの時?

母:小学校4年生くらいにはいっぱい作ってたよ♪

いち:はい~?(°O°) 小学校4年生って10才そこそこの子供じゃんか!ええっ?学校は?

母:もちろん行ってたさ!そんなんスカートなんて数時間で縫えるやんかー、一晩あったら何でも作れるって~(笑)

いち:で、でも、子供の作った物なんて売れるの?

母:それがさー、ものスゴイ人気でさっ♪皆さん可愛い可愛い~って大盛況♪ 母さんめちゃめちゃセンス良かったのよー( ̄▽ ̄)v

いち:ええっそんなのあり!?でもでも、それをおばあちゃんどこへ売りに行ったんやろか?

母:主に近隣のお百姓さんとこやなっ!お百姓さんは忙しくて子供の洋服なんて作れないし、なかなか田舎では売ってないから、皆さんこぞって喜んでくれたみたいやよ!だけどお百姓さんもお金がない時があるやろ!そんな時はお野菜や乾物の食料品と物々交換さ~♪
だから干し芋が家にはいつもあったな~( ̄▽ ̄)♪それが美味しくて~♪


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いち:えええっq(°O°)p!?どうやって?それいつ頃までやってたの?
(子供が子供服作ってそれで生計を立ててたなんて正直意味不明でした)

母:ずっとさー♪母さんなっ、本屋さんでチラチラっと立ち読みさせてもらってステキなお洋服があると自然と作り方がわかるんよ~♪
だから全くの独学、自己流やけど大体は作れてしまうので、いっつも、わー可愛い~♪って大人気だったのよね( ̄▽ ̄)ゞ

いち:母さんすごー!天才じゃん!q(°O°)p

母:そうなんさ~母さん天才~!( ̄▽ ̄)ゞ (決して否定しない母です)

いち:でもでもでも、母さんは看護師じゃん!どうやって入学費用くめんできたんやろ?で、学校は?試験勉強は?

母:なあ~・・・!?入学費用はあったんやろな~、もう覚えてないけど。。。

いち:その時、おばあちゃんとの生活は誰が支えてたの?

母:もちろん私!それはなっ♪学校行きながら病院勤めするやろっ!で、残業しまくる訳さ~♪お給料いただけるやん(〃∇〃)ゞ♪

いち:でもでもでもでも、母さん正看護師の資格持ってるじゃん!勉強も半端ないやろ?
(母は私が物心付いた時にはすでにバリバリの看護婦さんで、婦長も長年勤め上げた人なんです)

母:だから夜中は毎日毎日勉強したよ!母さんこれでも頭サエサエやったんさ~♪


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いち:サエサエ!?勉強がスコスコ頭に入ってったって事?母さんすっごいなー!で、一発合格?

母:もっちろ~ん♪(費用の面でも)一発しかいかんやん♪

いち:すげーー!窮鼠ネコを嚙んじゃった~(^▽^*)ゞ!?コケの一念岩をも通す~(^▽^*)ゞあれっ?

母:母さん難しい事わからんわ~( ̄▽ ̄)

いち:私もわからんけど。。。(笑) 
だけど、なんか母さんの話聞いてると、なんでも出来る気になっちゃうな~!勇気出るよ!

母:人間その気になったら何でも出来るもんさ~!それに、いちこなら何でも出来るヨ♪母さんの子やも~ん♪

いち:うん!その根拠の全くない全幅の信頼をありがと、( ̄^ ̄)ゞ
でもさ、ちょっとはゆっくりしたくなかった?ずっと大変な生活やったんじゃない?

母:でも思い返すと楽しかったんよねー♪母さんにはその大変さが自分にちょうど良かった。

いち:ハハハっ頼もしいな~(´▽`) で、じじ(父さん)に出逢って結婚したんだ!じじはウチの救世主だもんね(^_-)-☆


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正看護師になりバリバリ仕事をしていた母は、お見合いで父に出逢い結婚!今まで一人で支えていた家と祖母の事を父との二人、両輪で支え、新たな家庭を築く事となります。

母:そうそう、よく全てを引き受けてくれたもんやよな~♪普通出来ない事やから…

母は祖母の面倒をみていた事、母の兄である叔父はその時なぜか音信不通状態で、母方の姓を継承する者が居なかったのです。
そこで父は、

父:私は10人兄弟、そのほとんどが男兄弟です。すでに結婚している上の兄達は実家性を継いでますし、弟達もそうなっていくでしょう。
だから私一人くらいあなたの姓を名乗ってもなにも問題ありません。また仕事がら家を空ける事も多い私に、お義母さんが居てくれる事は何より安心であります。

そう言って祖母の面倒も、母方の姓を名乗る事も全て承知してくれたようです。すなわち婿養子パターンです。
だけど、現代での婿養子とは、普通奥さん側に地位や財産があり、それを継承するべくなんて形が一般的ですよね~

それに比べ、地位もお金も家さえも借家であってのないない尽くし、おまけに祖母まで付いていた訳ですが、それでもそれで良いと言ってくれた、父の優しさ、器の大きさに母も祖母もどれほど感謝した事でしょうか~

その上、結婚後あっと言う間に念願のマイホームを建て、祖母も母も大喜びだったそうです。そして母方ご先祖の立派なお墓を建立し、大事にご供養もしてくれてたらしいです。
母なんて親族の命日もすっかり忘れがちの人ですが、反対に父がしっかり覚えていて、いつもびっくりするわ~なんてよく話していました。さすがに父の記憶力は半端無かった訳です。

そののち、そんな我が家を愛し、母をここまで育て上げた祖母も他界しますが、それも自宅で安心して眠るように生涯を終えられたそうです。


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御田植神事 2

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それでは竹取り神事と御田植祭の様子からです~

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今日は世界的にも大きなニュースが飛び交っておりましたが、この神事を見せてもらうと、この土地の皆様がどれだけこの伝統を大事にしているかが良く解ります。
まだ小さい子供達は大きくなりこの神事に参加する事が夢でもあります。

『エンヤ!』の声に包まれて、私達はこの地と共に、日本と共にある事を強く意識出来た素晴らしい日でした。

今年も豊作で良い御米が収穫出来る事でしょう。。。
ありがとうございました(^-^)


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御田植神事 1

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磯部の伊雑宮の御田植神事をじっくり見させていただきました。


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朝からはお日様の日差しも十分、爽やかな風も吹くとても良い日でした。
虹色日暈もうっすら現れていました。


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伊雑宮の水色の青白幕(浅黄幕)

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朝から七度半の使いがお届けした早苗。この時、御神田へは御宮の白石を持ち帰ります。

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お祓いを終えた早苗、作長の手で御神田へ運ばれます

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そのあとに続く、大事な御役の皆さん

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法被姿の田道人と菅笠(すげがさ)の早乙女

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裸男さん達はこのお姿のままで神前に御挨拶されます。

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凛と輝く美しさの舞姫さん。



安心して下さい、入ってますよ!

た~いへん!大変!!ビックリニュースです!!
私の大事な野外想曲ステージが、屋外エイッ体操道場がえらいこっちゃです~~\(◎o◎)/!


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(昇る朝日が作った幻日現象)

ちょっと落ち着いてご説明申し上げます。。。

私とワンコとのお気に入りのお散歩スポットが朝熊山麓にあります広大な広場なんですねっ!
そこからは南に朝熊山の頂上を間近で見渡せる事ができ、そこから眺める夕陽はなぜか頻繁に虹の柱を伴った幻日(げんじつ)現象となり、その素晴らしい光景を目にしながら、この地と共にある事を心からうれしく思える大事な時間となっていました。

幼い頃から私にとっての朝熊山は、目には見えないバリアでこの町を守る正義のヒーローのような存在でしたから、今でも尊敬の念を込め、朝熊山やこの自然に届けばいいな~♪なんて思っちゃう訳でもあります。
そうして口ずさむメロディーやその言葉、もうお散歩といつも共にあったと言っても過言ではありません。
ついでにワンコ達の超ご機嫌な笑顔もね~"ヘU^ェ^U(笑)

朝熊山が好きな理由。。その2

そんな場所がここ最近工事中になり、何か新しいスポーツ施設でも建つのかな~っとのんきに思っていたのですが、いよいよその全貌が姿を現し、その完成予想のイラストまで大きく掲示されておりました。

それがコレ↓

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要するに、伊勢志摩サミットでの会合の様子や各国リーダーの動向が、ここから全世界に向け発信されると言うお話。
その期間中、国内外の報道関係者5000人以上もの方々がこちらを利用される見込みとの事です。

この建物は伊勢の街並みの黒壁等地元の伝統的なデザインに加え、木の丸柱で囲まれた通路など、「『和』を感じさせる演出」を凝らしたデザインになっているそうです。

あはははっ(〃∇〃)ゞ
そんな事になるなんて、、、よろけながらも体操やってたし、言葉と共に一歩一歩踏み締めた事7年余り。。。
だってねー、本当に普段は誰も居ないのよ、たまに他のお散歩ワンちゃんやウォーキングのおじいさん達に会うけど、ご挨拶だけしてあっという間に通り過ぎてしまうから、、、


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(広場から見える朝熊山山頂)

それじゃー私はいったいどのくらいこの場所を歩かせていただいてたのだろう~っとちょっと疑問が湧き、その数字をざっくり計算してみたのです。

だいたい、一回のお散歩の時間が30分~1時間なんですねっ!
その事から一回に付き約3㎞は歩いていると仮にします。

それを年間約1/3程度こちらに来させてもらったとして120日間
それを続ける事7年間として…

3km×120日×7年=2520km

この2520kmって北海道の稚内から沖縄の那覇までを直線で結んだ距離にほぼ等しいらしいのですが、、、
うっそぉ~~(¬ε¬;) 
っと我が事ながら思ってしまうのですけど、ホント?計算合ってますか?

ただ思い返すとこの7年間私自身様々な事がありまして、、、
父の事故によりそれまで父と二人で自宅介護してた母が施設入所となりました。
その時すでに要介護度は4~5だったから、私一人で入院中の父の看護と母の介護、おまけに日常の事もあり残念ながら無理だったのです。
その母の施設がこの広場のすぐ近くだった事もあり、意識の戻らない父の世話、母の見舞いとワンコの散歩は毎日の日課でもありました。
そんな先の見えない苦しい日々に、このお散歩の時間が何より私自身のパワー充電になってた事、今ならはっきり解ります。

お日様は繰り返し繰り返し大丈夫だと虹の柱を見せてくれました。
そして朝熊山はいつでも清らかな風と色鮮やかな緑を私に与え続けてくれました。
それは幼い時に思ったバリアの中の安心感を感じるひと時でもありました。


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(朝熊山に架かる目に見えるバリアーだねっ!)

だからこそ、この場所が大好きでそこに自然と感謝の気持ちもわくってものです~

でもこれってきっと私だけではないですよね~(∩_∩)
サミット開催期間の前後、全国10都市で様々な閣僚級の会合が行われます。
その土地を愛し慈しみ、そっと感謝の想いを置いている多くの皆様がそこに沢山いらっしゃる事だと思います。
私もそんな皆様と共に心豊かな新しい時代に向け、ほんのちょっとでもこの地の力になれたらうれしい限りです。

だから、とにかく明るいいちこは、『安心して下さい、入ってますよ!!』( ̄▽ ̄)
っと言ってみたいが、、、

(`□´)/ 『たかだか数年で偉そうに言うでない!継続は力なり!大事な家族(ワンコ)と何より自分の健康の為だ!!』
っと父からの容赦ないツッコミもー


( ▽|||) ゴモットモ…

『安心して下さい、入ってますよ!!』

動画で分かるG7伊勢志摩サミット 
<G7 伊勢志摩サミット公式ホームページより http://www.g7ise-shimasummit.go.jp/>

プロフィール

いちこ

Author:いちこ

伊勢神宮の神様の森は甲子園球場の1300倍!だから伊勢の空気や水はとても清らかなのです

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